アカシア

事務所のベランダに、アカシアを置いた。

アカシアもミモザのように黄色い花をつける。花は風に飛ばされるしそんなに掃除は大変ではないと聞いたけれども、どうなのかしらね。

もし大変なら一階の外に置いても良いかなと思う。

このところ寂しいのかな、と思う。

コロナもあり人と会わないし、元々友達は少ない。

仕事と犬が居なければ、引きこもりか廃人のような生活になるだろうな。

鬱も怖いので、なるべく日に当たり、運動して、無理ない程度に人と話すようにしているが、ちょっと危ない感じ。

こんな時は、植物か花か、水槽が助けてくれる。

なんだろう、自分と関係なく進む大きな世界と対照的に自分が作り出した世界を眺めていると、自分の環世界が繋がっていくのを感じられるのかな。

自然と切り離された感覚では生きていけない。

水槽をまた作りたいな。ネイチャーアクアリウム。

ケルヒャー WV50

窓拭きなんざ、スクイジーでやれば良いんだから、

それにわざわざ電力使うのってどうなん?

とか思いながら何年もどうしようか考えていたけれど、

結局買っちゃった。

そして、これは良い!と思える点がいくつかあった。

スクイジーで泡と水を切っていく際に垂れる汚水を下で吸い取らせる為の雑巾を用意していた。

それがまず要らない。

これは結構快適。

手に垂れてきたりして不快な事もない。

そして、ケルヒャーだと端っこの線が全然残らない。

ちょっとの加減で残ることはあるけれど、もう一度スプレーして拭き取ればすぐきれい。

これがスクイジーだと上から下まで一定の力でスーッとやらないと綺麗にならないから、やり直しが面倒。

ケルヒャーはやり直しが簡単。

これなら、お風呂場の鏡の手入れも毎日簡単だろうな。水垢予防に最高。

そして、床が汚れたりしないし汚水を吸った雑巾も扱ったり洗わなくて良い。

流石にスクイジーに付けているクロスは洗わなければならないが、小さいし洗面所で洗えるくらい簡単。

窓の汚れがそんなに酷く無ければ、スプレーするだけでクロスで拭く必要もないだろう。

あるいは、スチームクリーナーを使う際に窓も一緒にやってしまっても良い。

それにしても窓用バキュームクリーナーが、予想以上に良かった。

綺麗な窓は気持ちが良い。これからはこまめに掃除できるかな。

USB

訳あって、Wi-Fiで繋げることが出来ないコピー機に、パソコン2台を繋げたいと思った時、方法としてはUSBしかなかったのだけれども、そもそもUSBケーブルがすでに家にも職場にも無かった。使わないもんね。

そして切り替え器を探して購入。

しかし何?このケーブルの配置。手動だからデスクの上に置くしかないのに、この配置はクソだね。イライラする。

自動切り替えならこの配置でもデスクの裏に置いたり出来るけれども。そうもいかない。

うーん不快。

2,000円くらいというのは安いけども、この不便さと醜さにお金払うのは癪に触る。

亀末廣の干菓子

好きなものを詰めてもらうか、予算で適当に入れてもらう事もできます。

お店に伺うのは初めてでしたが、本当に小さなお店で、お店というより、ただそこで注文受けるだけという感じです。

小上がりに小さなお座布団があって、ショーケースがあって。奥にはたくさんの空箱があり、干菓子のばんじゅうも積まれています。

しかし、お干菓子の盛り方は悩む。

いいな、と思う感じに中々ならない。色々見て真似していくのが上達の近道なんだろうと思います。

何必館

前から行こうと思っていた何必館。

写真家、ロバート・ドアノーの展示もあったので行ってみた。

私でも知っているくらい有名な写真ばかりで、知ってるーと思いながら見ていたけれど、

そのドアノーの人柄を説明するコメントがとても良くて、

私もこんな風に写真を撮りたいなぁと思いながら見て回った。

一方で魯山人。

前から見たかった椿大鉢をこの目で見て、本当に嬉しかった。

誰も居ない展示室で、触れられるほど近くで。

思ったより大きかったし、何というか魯山人の絵付けはいつも思うのは、押し付けがましいところが無く、作為はあるけれど、喜びがある。不思議。

ドアノーが人々に向けた視線と、魯山人が手がけた書や篆刻、焼き物や器、絵や作品の数々、全てが美に通じるものへ向けた視線は、同じ。

とても対照的なのに、同じものがあるのが面白い。

魯山人展をちょうど銀座の蔦屋でやっているようなので、それも見たかったなぁ。