甘露竹

京都に行けず、寂しい限り。

この生活でストレスが溜まるし、月に一回は何かしらお菓子を取り寄せている。

今月は既に村上開新堂のお菓子を買ったものの、夏が終わる前にやっぱり水羊羹が食べたくて、鍵善さんの甘露竹を購入。

食い意地が張っているもので、竹からつるんと出した瞬間はこれだけかー少ないなと思うのだけれども、

豆の風味と竹の香り、口に入れて軽く上顎と舌で潰した時の気持ちよさ、甘さがグッと来てスッと抜けていく感じが、全部完璧。

不思議と満足するんだよね。面白い。

何かの記事でこの竹を作る方達の話を読んだことがあった。サイズを揃えたり洗ったり磨いたりと人の手でやるから手間暇かかるし、おそらくではあるけど手間の割には儲からない仕事なんだろうなと思う。こういう事を当たり前に出来る、京都が凄いなと思う部分。これじゃないとと求める人がいる。

頂きものなら食べるけれども、プラスチックの竹の型に入った水羊羹を食べるのは嫌だな。ただのプラスチックのカップだけでいいのになぜ模倣する必要があるのかな。見た目の真似ただけで、心が無いというか。売りたい気持ちだけしか無く、嫌らしさを感じる。美しく無い。

普段の水羊羹は、紙の箱に流してるやつで十分なんだけれども、年に一回くらいは竹に流したものを食べようかな。竹からつるんと出す瞬間が、なんだか子供心が戻ってくる感じで楽しいので。

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