唐津の鯛をとあるテレビ番組で見ていて、
焼いた鯛、とても美味しそうだったけど、なんで九谷焼???と不思議に思った。
料理人の方の後ろに鯰 向付と箱書きのあるのを見て、おや、と思う。
料理人の名前を検索して、はぁなるほどあの窯のファンなのか。器を集めているのか、と。
骨董も収集されている、と。
きっとあの鯛を盛った器も自慢の逸品なのだろう。素晴らしい器で。
でも、骨董や器が好きなら唐津を知らない訳がないから、
唐津焼の良さが分からないか、好みではないのかなとは思う。
自分が一番良いと思った器に盛りたかったのだろうとは思う。
唐津で唐津焼じゃつまらない、と思ったのかもしれない。
あの漁師のお父さんお母さん達には、やっぱり唐津焼での方が嬉しかっただろうか。
番組中、漁師の方のお家の玄関に唐津焼の飾り皿があったのを見たから、そう思うだけかもしれない。
正解は、もちろん無い。
料理に限らず仕事は誰の為なのかと考える。
自分の満足行くことも大事で、自分が一番いいと思う物を提供するのも大事。
でもその向こうがあるよな、と思う。
もう一つ先の、喜びもあるなと思う。