飼い主の責任

週刊東洋経済 2016年9/10号 [雑誌](みんなペットに悩んでる)

カリスマ獣医の病院は「悪夢のようだった」

に対する野村医師のコメントを読んで、いくつか思う事。

この記事を読んで、飼い主の責任を問わない人が多い事が恐ろしい。

人間の病院や医者に対して、あるいは他の分野でも同じ事があるとは思うのだけれど、利用者側、あるいは購入者側、消費者側のモラルの低さに驚く。

カリスマの噂を信じて、求めると言うのは差し迫った状態なのだから理解出来る、とは思う。藁をもすがる思い、というのも分かります。

だけど日頃からかかりつけの病院を持ち、いつでも相談に乗ってくれる獣医師を見つけ、信頼関係を築き、夜中であれ救急の場合の対策も考えておくのが飼い主の責任ではないのだろうか。

病院は安いところや自分に都合のいいところで済ませ、愛犬愛猫の健康管理に時間とお金を使わず、正しい知識を求めず、いざ困った時だけ自分で見たわけでもないネットの噂を勝手に信じ、無責任にも病院の責任を責める。

こんな飼い主にはならないようにしよう。

勉強もせず、見聞きした根拠のない知識だけでペットを飼い、悩んでいるとしても、不幸なのはペットだろう。

クロエを見て以前、やっぱりブリーダーの子はおとなしいいいなーと言われた事があったけれども、ショップで買うことの選択を何故したのか分からないけれど、それが運命だと思ってとかなら良いじゃないのかと思う。

ペットショップで売られる犬が、早くに母親や兄弟から離されて、情緒が落ち着かないと言われるような事も、もしかしたらあるのかもしれないけれど、言い訳のように感じる。人間でいえば、養護施設や片親で育った人間は情緒不安定だと言っているようなものだし。それからの生活や環境次第なんだと思うし、自分で掴んでいかなければならない人よりは簡単じゃないのだろうか。だって、飼い主が与えてあげられるのに。
私はペットショップで犬を売ることには反対だし、反対だからこそペットショップでは買わないという選択をしている。

ブリーダーのところで買うのは、両親の大きさや性格を見て、だいたい成犬になった時の想像がつくし、ある程度まで教育してくれるし、兄弟たちが遊んでくれる。家に来たら遊んでやるのも教育も大変なので、ある程度まで親元にいてくれる方がいい。おかげで少しだけ楽している。

血統にはこだわらないけれど、いわゆる純血種を飼うことについては、自分の人生で残りあと何頭かしか飼えないのだから、飼いたい犬を飼うと決めている。今後は、私に、もしくは夫に何かあったらという可能性も、震災にあったら、という事も。大きさについても、セッターやボルゾイともう一度暮らしたいとは思うものの、私が一人で抱えられないのでは駄目だと大型犬の介護の大変さをニコルで、痛感した。治らない病気の治療の大変さをアンジーでも経験した。だから今回ジャックラッセルテリアは、一般的に丈夫で先天性の病気、遺伝性の病気がほとんどない事も、選んだ理由の一つでもあった。

ともあれ、クロエとの相性が一番大事だから、次はどんな子が良いかなと考えるのが今一番の楽しみ。いつかその日のためにも、自分の物に執着するクロエのトレーニングもしなければならない。おもちゃの取り合いで流血騒ぎになるのはごめんだから。

色々なところで色々な経験をさせる。

それは、私が経験するということでもある。

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