フェルディナント・フォン・シーラッハ

犯罪

罪悪

エグい話、救いのない話、残酷な話を読み慣れているのでさほど刺激はなかったけれど、短編で読みやすかった。
翻訳が文章として美しかったからかもしれない。
登場人物のセリフや態度には感情が現れてるけれど、物語の視点は感情を配している、というか踏みとどまっている。
著者が弁護士であることがその視点を生んでいるのだろうと想像する。
何が正しくて何が正しくないことか決めなくてはならないというのは、苦しいことだろうなと想像する。

被害者に対して、
「罪のない人がなぜこんな目に?」
とよく人は言うのだけれど、罪のある人はひどい目にあってもいいというのか。
「罪のない子供」
と言うけれど、大人はすべからく罪を負っているのか。
そしてその罪とは何に対するもので誰が負わせるのか。

子供の頃からずっと考えている。
考えすぎると罪とは何かを知りたくなるような気持ちにもなるので、あまり考えないでおこうと思う。

コリーニ事件

長編も面白かった。
殺された側の老人の心象風景が見えないことが少し残念。
シュチュエーションから、漫画ではあるけれどダスクストーリーという話の中で、出て来た老人の話を思い出した。
同じように戦争で人を殺し、その後豊かな人生を送った後で死に際して人が変わったような行動をとる。
死後の老人と話せる主人公がその訳を聞くと、軽蔑されたかったのだと語る。
自分のやってきたことを忘れられず、そんな自分にもかかわらず恵まれた人生を送り、愛され、尊敬されたまま死ぬ訳にはいかなかったという内容だった。

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