セデック・バレ

セデック・バレ (賽德克?巴?) (太陽旗(Part I) & 虹の橋(Part II)) (DVD) (英語字幕版) (台湾版)

文明とはかくも野蛮なものかと思わされる。

虹の橋を渡る事が出来なければ、何のために生きるのか。


これは男の世界の話だなとも思いました。
虹の橋を渡るために生き、最後は生きていてもつらいだけだと言う男達。
お前達には感謝している。おかげで男達は戦士になる事が出来たと言う頭目の男。

女達の悲しみや苦しみはあまり描かれない。
ただ、歌に歌われるだけ。
どうしてこんなことになったのか、男達よどうしてしまったのか、と。

その上、無謀な戦いを繰り広げ、最後には自害して行く男達に日本人将校は、武士道などと言う。
自己満足のための戦いが、誇りや宗教観や、様々な物に彩られて美化され、最後に男達は、霊となり男達だけで虹の橋を渡る。

そのような意地の悪い見方もできるけれど、もう一段深く男達を見てみる。
これは女達や子供は、何もしなくても死ねば虹の向こうへ行けるという設定でもある。
男達は、タイトルでもある「セデック・バレ」にならなければ行く事が出来ない。
守るべきものとしての女子供を尊重しているからとも思われる。
先祖と先に死んだ妻と子の待つ虹の向こうへ行くと思えば、死へ向かう道も歌い、踊りながら行けるのでしょう。
そして一族の男達はそのようにしか生きる事が出来ない点で、哀れみを持って女達は許していたようにも思います。

私は生きている間に自由な魂になりたいと願う。

葛藤を切り裂け。どちらでもない自由な魂になれ。
映画の中でのある人物の台詞でしたが、その台詞は死の際にでした。
私は女だからかもしれないけれど、死んだら虹の橋の向こうへ行けるのは、分かっている。
魂に正直に、死ぬまで生きるだけでいいと分かっている。

私はそれを生きているうちに見たいなと思うのです。
私は、私の自由な魂を見たい。

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