フローテーションベスト

五ケ山ダムのモンベルで、フローテーションベストを購入。

抱っこすれば店内で試着して良いですよという事でした。やっぱりこういうのは試着しないと不安なので。助かる。

クロエちゃんの体重は5.5kgほどあるけれど、サイズはSでちょうどいい感じ。

お気に召さないらしく、ややブルー。

今年は海で泳いでみよう!

遺跡

こうして見ると、小川の側のコテージにしか見えない、高床式住宅。

用事で出かけた先にあった遺跡公園。

誰もいないのでクロエちゃんと散歩して回る。

遺跡公園って遊具がなかったり、花壇がなかったりするところが好き。

向こうに何やら工場があるのは残念ではある所。

いくつもの小さな川?湿地帯。人工的なものかな。

水の無いところも。

お宅拝見。

遺跡公園でのんびり空を眺めたり、遠くの山を見ていると、太古の昔の人々も、同じ風景を見てたのかなと想像できて人間の歴史に触れているような気持ちになる。ずっと人の生活は続いてきたんだなという実感。

個人的には子孫も残さず、これで終わりな人生な訳だけれども、自分が死んでも続く世の中を、今はそんなに悪くない目で見てる。

HAFERBROT

急にジャムとチーズ乗っけたパンを食べたくなって、ハーファーブロートに、リエージュシロップ、クラフトの切れてるチーズシリーズのモッツァレラ。

結構好きな組み合わせなんだけど、家人には理解されず。私はただ白いパンより黒いパン。柔らかくてふわふわのパンより硬いパンが好きなんだよね。ご飯も白米より玄米。

ふと、前にテレビで見たハーブ類の農家の人。ちょっと変わった人だったけど、ノーマに食べに行ってみたりするような番組で、うろ覚えだけど、金持ちほど雑草みたいなものを有り難がって食べる。みたいな事を言っていた。

何か、あれ?と心に引っかかっていた。

確かに、貧しいと、柔らかくてふかふかの白パンを求める感じがある。

余裕があると、健康に気を使うようになって、体に良かったり栄養のあるもの、お金で買えないものを求めるようになってくる。

すると結局のところは、貧しい人の食べるようなものを食べるようになる。ただし、原価や手間や、提供されるシチュエーションや、技術は違うし、コンセプトもおまけに付いてきそう。SDG’sとかそうだよね。

なんだかなぁ。

良いお宿で山菜や摘み草料理が出された時、一緒に行った人が、「裏で取ってきただけやろ!雑草を」と言ったのも、面白くて覚えてる。

とは言え、山も、庭も、食べられる草を見分ける能力もない私にはやっぱり、ご馳走。

貧しいから、仕方なしに食べると思うと辛いかもしれないけど、こんなの、あいつら金持ちは有り難がって食べててバカみたいだなぁと思うと面白い。

金持ちでは無いけど、私もまたそのうちの1人なんだろうな。ドイツから輸入されたパンにベルギーから輸入されたスプレッド。

自分でパン焼いて、家で取れた果物ちょっと煮てジャムにするような暮らしが出来る人から見たら、わざわざお金払ってんの?と失笑ものだね。

食べることに困ってもいないのに、ファスティング、断食もね。

ドウダンツツジ

家の中でなんかリラックス出来ないので、何か緑でも買おうと久山植木へ行ったら、とてもお客さんが多かった。

皆、自粛で家にいてももうする事ないし、庭仕事やら模様替えやら、色々やってるんだろうな。

かく言う私もその1人。

この前から、ムクゲの大きいのが売っていて気にっているんだけれども、花の色が何かな?買ったらどこに置く?と悩んで今日も買わなかった。

どこか、土地が欲しいなぁ。

別に広くなくていいし、家を建てるわけでもなく。

犬と私が遊ぶだけの土地。

そうね、囲ってドッグラン兼の庭。ソロキャンプ出来るくらいのスペースで。

そしたら、養蜂も出来るか。

でもうーん、水道くらいは要るか。

トイレが無いのは困るかな?まさか、コンビニの近くにという訳にもいくまい。便利ではあるだろうけれども。

色々妄想しながら散歩。蓮華のきれいな季節だ。

ナーナック

10代は、ナーナックのカレーで育ったと言っても過言では無いかも。

当時、福岡でインドカレー屋さんは他にあったかな?生まれて初めてナンを食べたのも、ラッシーを飲んだのもここ。それまで食べていた、じゃがいもやにんじんの入ったとろみのある日本式のカレーが子供っぽく思えて、ナーナックのカレーばかり食べていた。懐かし思い出。

いつかそのうち、行こうと思っていたら閉店してしまうかもしれない。この所、そんな事が続いている。来月には、大名のツンドラが閉店すると言う。

寄ってみようかと思ったら、予約でいっぱいらしい。皆、無くなるとなると慌てて行くけれども、もっと早く来てくれてたら閉店することも無かったかもしれないと思うと残念。

そのうち行こうではなく、すぐ行こう。

お昼を食べに行ったのが暇な時間帯で、お客さんも居なかったからお店の人と少し会話。30年前によく来てて、その後は時々来てるけど、ずいぶん久しぶり。あれほど賑やかだった親不孝通りがこんなに寂しくなって、というような話。

また来てね、すぐ来てねと。サービストークでも、なんだか帰省した実家みたいな不思議な気持ち。中々来れなくてごめんね、みたいな。

ちょうど骨董のお皿を買った後だったからかもしれない。

思い出と思い出が繋がって、ずいぶん感傷的になってしまった。